【転機】私を変えた人生の出来事 その1「イジメ」からの脱出

【転機】私を変えた人生の出来事 その1「イジメ」からの脱出

来月、誕生日を迎えます。
40歳。
平均寿命、生きたとして半分くらいか。
40年、生きてきて多分、腐るほど人生の転機なんてあったんだろうけど、振り返ってみて決定的に私を変えたであろう出来事が2つある。
今日は、そのひとつ「いじめ」から抜け出した時のことを書こうと思う。

私は2度「イジメ」にあった。
1度目は中学1年生の時。
休み時間になるとクラスのリーダー格とその子分が一緒になって私を囲み頭を小突いたり、嘲笑してみたり。
ドラマみたいな「いじめ」られ方だな。
でも、その頃の自分は「イジメ」を苦に感じていたのかな?って思う。
現状を受け入れて、それが、あたかも普通のように思ってた。
こういう子供、特有の順応性も「イジメ」を常態化させるのかもしれない。
学校も休まなかった。
思い出してる今のほうがちょっと苦しいかも。
でも「イジメ」は毎日の様に行われてた。

「イジメ」が半年くらい続いた、ある日「脱出」の瞬間はあっけなく来る。
いつも「イジメ」に大して何の感情も抱いてなかったけど、その日は何故か凄くムカついたんだよね。
だから、ありったけの力で抵抗した。
突き飛ばしたし殴ったし。
先生、飛んできてケンカぐらいの感じで処理されたけど、次の日から「イジメ」は無くなった。
私の通ってた中学は対応が良かったのか、中学2年、3年と、そいつらと同じクラスになることは無かった。
そうなるよう配慮してくれたのかな。
ありがたい。

そして高校入学。
2度目が待ってた。
こっちも、ありがちなんだけど俗に言う「陽キャラ」というかクラスの中心いるような奴らと入学当初から仲が良かった。
でも、とある日から急に訳も分からず完全無視をくらった。
こっちはさ、身体的ダメージ食らってないし、もう「イジメ」とも呼べないかもしれないけど、精神的ダメージは結構、深刻で「おっさん」になった今でも尾をひいてる。
この「イジメ」っぽいの経験したおかげで深い人間づきあいが面倒臭くなる傾向にある。
裏切られるのが怖いのかもしれない。

けど、この「イジメ」抜け出せたのは、他の友達がすぐできたから。
クラスって、こうグループに分かれるよね?
その中でも「陽キャ」とは言えないグループの奴らだったけど、すんなり仲良くなれたからなんだよね。
そいつらとは今でも友達。
「陽」でいることに執着がなかった。
こういう性格に生んでくれた親に感謝です。ホント。

これより酷い経験を持つ人は、いくらでもいるでしょう。
でも、この2つの「イジメ」は私の価値観に衝撃的な影響を与えてます。

それは、「抗うこと」と「数多とあるコミュニティ」

ちょっと前までは「イジメ」に対して「負けるな」「逃げるな」って考えも意外と多かった。
最近では少なくなってますが…
でも私この考えも「イジメ」に発展するまでは絶対に必要だと思ってます。
他人に嫌なことをされた時、それに抗うってすごく大事だと思うんです。
だいたい図に乗るんです「いじめっ子」は。
先にも言ったけど「イジメ」が常態化しちゃうのって子供に、なまじ順応性があるからだと思ってます。
優しい子とかは、優しいだけに、これが出来ない。
私も優しい子だったのかな。

そして、なんぼでも人間はいる。
コミュニティはなんぼでもある。
って考えるだけで、人に嫌われるのは怖くなくなる。
自分が譲れないとこを譲る必要はない。それで嫌われたらそこまで。
そういう強さを持てるようになった。
この強さは持ってると「人生、強くてニューゲーム」ってぐらい選択肢が広がる。

振り返って思うけど40年近く生きてようやくこんな考えが少しづつ出てきた。
子供の頃は目の前のことが全てで属してたコミュニティから離れるなんて考えも及んでなかったはず。

でも、もし「イジメ」っぽいことにあってる誰かが読んでくれて何か感じてくれたら、それはそれで書いた意味があるかな。

最後にちょっと吐き出す。
SNSでさ、たまに知り合いかもって出てきてアイコンで子供と幸せそうに笑ってる「お前」
胸糞悪い
忘れてるかもしれないけど、俺は全く許してないからな。

以上
イジメる側も覚悟もってやれよ。ここまで根に持つぞ。

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