理想と映画

理想と映画

先日『シティオブ メン』って映画を久しぶりに観ました

日本での公開が2008年

前作シティ・オブ・ゴッドの続編

公開した年に観たからおおよそ10年ぶりくらい

その間に結婚して子供が生まれて、俺も父親になった

この映画を観た記憶すら曖昧だったけど調べ物してるついでに見つけたので観てみました

すると前回とは全く違う感想を抱いた上に映画に普段感じていたものとは異なる側面に気づいたので書いてみます

前回の感想はよくあるドンパチギャング映画って感じでした

その前にあらすじ

ブラジルのギャングが支配するスラム街

2人の主人公ラランジーニャとアセロラ、2人は幼馴染みの18歳

ラランジーニャは実の父を知らずに育つ、アセロラは若くして妻と子1人がいる

しかしラランジーニャの実の父親を見つけてしまう、その後の交流により幼馴染み2人の関係が悪化していく

と同時にギャングの抗争に巻き込まれていく

って話なのですが

冒頭のシーンで主人公2人が、子守をしていたアセロラの息子(おおよそ2歳)を海岸に置き去りにしてしまうのですが

前に見た時はこのシーン何とも思わなかった、でも今回は

「おいっ!」

って声が出てしまう程にと焦った

途端に我が息子の顔が頭をよぎった

この後も主人公2人を通しての父と息子の描写が

10年前に、この映画を見た時には考えもしなかっただろう思いを次々と頭の中に放り込んでくる

子供がいることの喜び、悲しみ、苦悩

その中で『父親から教わる』というフレーズが何度か出てくるのが印象的でした

俺は息子に何か伝えることが出来ているのか?

何を伝えなきゃいけないのか

たくさん考えました

クライマックスだと思っていた銃撃戦も頭に入らないくらいに自問自答してました

そこで気づいたんです

映画は、本も然り、物語はそれを追う過程として自分を律するという重要な側面を持っているんだなと

わざとこんな言い方しましたが、要は映画を通して自分を省みろと言われた気がしたんです

理想って頭では分かっていても、時間と共にその思いは薄れていくもので

すぐに忘れてしまいがちです

でも

我が子に対しても、わかっちゃいるけど、ついつい口からイライラがこぼれる

感情をにまかせて叱ってしまったり、怒鳴ってしまったり

そんなモノじゃなくて

息子には教えなきゃいけないことがたくさんある

本当に伝えなきゃいけないことが山ほどある

伝えなきゃ

それが俺の思う理想だ

こんな風に、理想を更に深く胸にすることが出来る

ただ単に省みるだけじゃこう上手くはいかない

映画って勝手に進むので物語を追うのが簡単です

そこに自分自身を投影して省みることが出来れば

何よりも理想を保持するための有効手段になるんじゃないかな

子供に対する俺自身の理想の父親像と

自分を省みることのできた映画でした

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